Michael/マイケル  MICHAEL

アントワーン・フークア監督。 ジャファー・ジャクソン主演、ニア・ロング、ジュリアーノ・ヴァルディ。2026年。

Michael/マイケル

<ストーリー>
1966年、鉄鋼労働者のジョセフ・ジャクソンは、5人の息子たちを集めて音楽バンド「ジャクソン5」を結成し、末っ子のマイケルをリードボーカルに据える。ジョセフによる体罰を含む過酷なリハーサルを数か月間経た後、ジャクソン5はギグでの演奏を重ね、1968年にシカゴでスザンヌ・ド・パッセに見出され、その1年後にモータウンと契約を結ぶ。彼らのアルバムはチャートのトップに躍り出、全米でのコンサートを完売させ、1971年にはインディアナ州ゲーリーの小さな家からカリフォルニア州エンシノの大邸宅へと引っ越すことができるようになる。モータウンの創設者であるベリー・ゴーディは、マイケルがソロアーティストとしてさらに大きな可能性を秘めていると確信する。
1978年、マイケルは成人後初のソロアルバム『オフ・ザ・ウォール』のためにエピック・レコードと契約し、クインシー・ジョーンズがプロデュースを手掛ける。その成功にもかかわらず、マイケルのソロキャリアは、子供たちの成功は全て自分のおかげだと信じるジョセフによって阻まれてしまう。マイケルは兄弟と共にトライアンフ・ツアーに参加することを強いられる。自身の外見に自信を持てず、尋常性白斑を発症したマイケルは、鼻を小さくするための鼻形成術を受ける。ジョセフとの口論の後、彼はボディーガードで親友のビル・ブレイの助言を受け入れ、自身の道を切り開くことを決意する。1981年、彼はジョン・ブランカを弁護士として雇い、FAXでジョセフを解雇させる。
マイケルは小児病院を慰問し、1982年発売予定の次作アルバムに向けて様々なアイデアを試す。クリップスとブラッズの抗争に関するニュースを見た後、彼は「ビート・イット」のミュージックビデオに出演させるために両ギャングのメンバーを雇う。『スリラー』が世界的な販売記録を塗り替える中、マイケルはモータウン25で「ビリー・ジーン」の画期的なパフォーマンスを披露する。マイケルとブランカはニューヨークに向かい、CBSレコードの社長であるウォルター・イエトニコフに、黒人アーティストのビデオを放送しない方針であったMTVに対してマイケルのミュージックビデオを放送するよう直談判する。イエトニコフが「ビリー・ジーン」を放送しなければCBSレコードのカタログを同ネットワークから引き上げると脅迫した後、MTVはマイケルに放送枠を提供することに同意する。
マイケルが成功を謳歌する一方で、ジョセフはボクシングのプロモーターであるドン・キングと、提案されていた1984年のジャクソンズの再結成ツアーについて会談を行う。キングは、マイケルがジャクソンズと共にツアーに参加することを条件に、ペプシコのスポンサー契約をジョセフに提示するが、マイケルはこれに反対する。ジャクソンズがペプシのCMを撮影している最中、花火の火花がマイケルの髪に引火し、III度熱傷と神経損傷を負う。彼とブランカは損害賠償を求めてペプシコを提訴し、和解金は彼が治療を受けた熱傷センターに寄付される。
回復後、マイケルは兄弟とのツアーに同意する。ドジャー・スタジアムで開催されたビクトリー・ツアーの最終公演において、彼らが「ヒューマン・ネイチャー」と「ワーキング・デイ・アンド・ナイト」をパフォーマンスしている時、マイケルはこれがジャクソンズとして共にパフォーマンスする最後の機会になると発表し、ジョセフとの関係を断ち切る。1988年、マイケルはウェンブリー・スタジアムの熱狂的な観客を前に、自身初となるソロツアーを開催する。(Wikipediaより転載)

<感想>
事前にプロモーションビデオや歌手の紹介動画、マイケルの映画などを観てから映画館へ。良い環境で観る方が良いと聞いていたので、IMAXど真ん中、プレミアムシートで観てきました!
当時、洋楽が好きだったので、朧げにいくつかマッチする記憶、そうだったんだとなりました。私が知ったのはスリラー以降ですが、ジャクソンズでも活動しているんだなあ、くらいの感覚で見てました。あのスーパースターのマイケルが、父親には逆らえなかったんだと胸がキュ。幼少期の暴力は体が覚えて動けなくなるんですね。
マイケル本人の音楽が良いと思っていたけれど、音も良く、声も似せてるとかで、何度か感極まって泣きそうでした。ライブ会場にいる臨場感で。ジャファーは時折、マイケルにも見えました、不思議。
続編は辛くなりそうだから、もうこれで止めてほしい気持ちです。
マイケルの火傷の件。当時何かで読み、髪燃えるってヤバくらいの感じだったけど、映画で様子を知り、普通に治ったと思っていたら、実はその後も激しい痛みで鎮痛剤が必要で、痛みから不眠症にもなり、激痛から逃れるため麻酔薬に頼るようになり、その結果が過剰摂取による死への遠因って、もう辛過ぎです。痛みって本当に辛くて、生きる気力を奪うから。

※日本未発売のため画像はサウンドトラックから。