クリスティーナ・コメンチーニ監督。バーバラ・ロンキ主演、セレナ・ロッシ、クリスチャン・セルヴォーネ。ヴィオラ・アルドーネ原作の同名小説の映画化。イタリア映画。2024年。
<ストーリー>
1946年、貧しいシングルマザーのアントニエッタは、息子のアメリゴをナポリから北イタリアのホストファミリーのもとへ送り届ける手配をする。これは「幸福の列車」計画の一環で、第二次世界大戦後、貧しい南イタリアの子供たちを北部の家庭に送り届け、養育してもらうためにイタリア共産党(PCI)が組織したものだった。アメリゴは最初は行くのを拒否するが、アントニエッタの恋人に毛皮と引き換えに白く塗ったネズミを不正に売っているところを見つかり、渋々承諾する。
駅で、老女パチオキアは子供たちとその親たちを脅し、子供たちを北へ送ればシベリアに強制送還され、人食い人種に食べられてしまうと訴える。しかし、イタリア共産党の活動家たちは、戦後の子供たちの悲惨な状況を群衆に訴え、旅への抵抗を克服する。
モデナに到着した子供たちは、それぞれ里親に一人ずつ迎えに行かれる。最後に里親に引き取られることになったアメリゴは、戦争で恋人を亡くして一人暮らしをしている元パルチザンのデルナに、渋々ながらも土壇場で引き取られることになる。翌日、デルナはアメリゴを兄のアルシデと、その息子たちであるレヴォ、ルシオ、ナリオに紹介する。
アルシードはアメリゴにバイオリンの演奏など様々な技術を教え、アメリゴはそれに夢中になる。一方、アメリゴは父親の愛情に嫉妬するルシオと対立する。アルシードの家族がアメリゴをオーブンでパンを焼くように誘うと、アメリゴはパキオキアの脅しを思い出し、彼らが自分を料理しようとしているのではないかと恐れる。そこで彼は森に隠れるが、デルナが小麦の収穫が終わったら家に帰してあげると約束したことで、二人は徐々に心を開いていく。
アメリゴは学校に通っているが、南部出身であることを理由にいじめられ、渋々ながらもルシオに擁護される。メーデーの祭りで、ルシオがアメリゴの母親をからかったため、アメリゴは彼を殴り倒して逃げ出す。その後、アメリゴはデルナが男性優位主義的な同僚に殴られている現場に遭遇する。
その夜遅く、アメリゴはデルナを自分の母親と比べ、アントニエッタならあんな扱いを許さなかっただろうと言って、泣き崩れるデルナを慰める。翌晩、絶望したルシオは、故郷を恋しがるロッサーナを探すため、アメリゴに助けを求める。ロッサーナはルシオが線路沿いに家に帰るように言った後、家出をしてしまったのだ。二人は線路脇で、ロッサーナが以前発見した骸骨の近くで彼女を見つける。こうしてルシオはついに二人と友達になる。
収穫期が到来し、南部の子供たちは故郷へ送り返される。アメリゴは冷たく迎えられ、母親は皮肉っぽく、彼が貧しい人生を送る運命にあると告げる。しばらくして、北部の里親から手紙や贈り物を受け取っていない唯一の子供であるアメリゴは、PCIの事務所を訪れ、母親がデルナからの荷物を彼に渡さなかったことを知る。
家に帰ったアントニエッタは、アメリゴがアルチーデからもらったバイオリンを質に入れたことを明かす。アメリゴが彼女の身勝手さを非難すると、彼女は彼を平手打ちする。その夜、アメリゴは家を飛び出し、モデナ行きの列車に乗り、そこでデルナと涙ながらに再会を果たす。
1994年、成功したヴァイオリニストとなった大人のアメリゴは、アントニエッタの死を知らされる。ナポリに到着した彼は、アントニエッタが買い戻してくれた古いヴァイオリンを見つけ、涙を流す。ナレーションで、アントニエッタは実はアメリゴの逃亡を許し、デルナに手紙を書いて、彼を永久に受け入れるか、あるいは連れ戻すか尋ねていたことが明らかになる。手紙には、「時として、手放す者の方が、引き留める者よりも深く愛していることがある」と書かれていた。(Wikipediaより自動翻訳で転載)
<感想>
こういう制度があったのは、本当だそうです。イタリアは南北でそんな差があったのですね、知りませんでした。北の人達の懐の広さには感銘を受けました。母親は辛かったろうなあ。だって仕方ないですよね、そういう風に生きてきて、そうするしかそこでは無いんですから。アメリゴは一度も帰らなかったのかあ。でもバイオリンを買い戻していたのは、悪かったと思ったんですよね。お金に換えた、それはその時は間違いではなかったと思うけど、やはり子供は納得いかないよなあ。戦争はやはり駄目だ。とても切ない良い映画でした。
